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ブリジット・オショーネシーの日記

犯罪的美女が書く、もうとっくにきれている私の12ヶ月
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September 22

新しいブログ

  http://gretagarbo.cocolog-nifty.com/ ブリジット・オショーネシーの日記Ⅱはこちらへ
お待ちしております。
August 29

皆様へ

 
 皆様、お元気でしょうか?ブリジット・オショーネシーです。
繊細なんです…
 
MSNさんの<アップグレード>にともない、様々なトラブルがブログで発生致しまして、私は決心いたしました。
ブログを引っ越すことに決めた次第であります。
 
MSNさんのブログ機能が、元に戻り操作をしやすくなったら、また帰ってきたいと思っておりますが、
しばらくは他の会社のブログで、映画について語っていきたいと思います。
 
LINKの一番最後の、「ブリジット・オショーネシーの日記 Ⅱ」をクリックしていただければ、新たなスペースへ
ジャンプいたしますので、お願いいたします。
 
「ブリジット・オショーネシーの日記」のブログも残しつつ、「ブリジット・オショーネシーの日記 Ⅱ」もご愛顧ください。
 
それでは、「ブリジット・オショーネシーの日記 Ⅱ」で皆様とお会いできることを楽しみにしています。
 
                                                             オショーネシー
 
 
August 16

太陽がいっぱい

 
 『太陽がいっぱい』 を鑑賞。
 
1960年の作品
監督  ルネ・クレマン
出演  アラン・ドロン  モーリス・ロネ  マリー・ラフォレ
 
ストーリー
トム・リプレーは貧乏なアメリカ人の青年で、中学時代の友人で金持ちのドラ息子フィリップを、父親から5千ドルの約束でアメリカヘ連れ戻すよう頼まれていた。フィリップにはパリ生まれのフランス人マルジュという美しい婚約者がいた。フィリップのヨットでナポリから他の町へ立ち寄ったとき、彼が父親に手紙を出さなかったため、トムはクビになってしまう。フィリップはトムを痛めつけることに喜びを感じていたのだ。トムはフィリップから裸のままボートに放り出され全身が火傷のように日焼けした。― トムはとうとう決心し、まず小細工をしてマルジュとフィリップを大喧嘩させ、彼女がヨットから降りた後、フィリップを刺し殺した。死体は布に包んでロープで縛り海へ捨てた。そしてトムはフィリプッになりすますのだった…。
 
緊迫した関係のフィリップ、マルジュ&トム
(モーリス・ロネ、マリー・ラフォレ&アラン・ドロン)
 
何回も観ている作品なんですが、あら、映画の冒頭に当時アラン・ドロンの婚約者、ロミー・シュナイダーがチラッと出てましたね。いや~、今回観るまで
気づかなかったですわ。それに、トムとフィリップはアメリカ人なんですね。これも気づかなかった。だって、アランドロンもモーリス・ロネも完璧にラテン系のお顔立ちでアメリカ人には見えなかったもの。
 
しかし、物語はスリリングですよ。トムをサディスティツクなまでに痛めつけて喜びをかみ締める金持ちのフィリップ。そして、フィリップに痛めつけられても5千ドルのために我慢し続けるトム。フィリップのトムに対する態度に腹立たしい思いをしながらもフィリップを愛しているマルジュ。
 
トムは5千ドル入れば貧乏な生活から抜け出せると思っている。しかし、フィリップのあまりの態度に殺意が生まれ、ある計画が彼の頭の中で出来上がる…。
       ナルシズムに浸るトム
 
金持ちのフィリップの服を着て、フィリップになりながら鏡の前で自分自身に語りかけるシーンは、アラン・ドロンの真骨頂ですね。彼自身、ブリジット・バルドーに言わせれば、「ナルシストの塊」ですから。
 
この映画はフィリップが殺されてからがぐ~んと面白くなります。フィリップのパスポートに自分の写真を貼り付ける、フィリップのサインを完璧に真似る場面などはとてもスリリングで素晴らしい。フィリップが持っていたものを全て自分のものにしようとするトム。もちろん、彼の婚約者マルジュも…。いや~、彼の顔のアップが多い映画なんですが、ルネ・クレマン監督、流石に分かってらっしゃる!!彼のあの青い瞳に騙されない女なんていないですよ。
「太陽がいっぱいだ…」
 
果たして彼は最後までフィリップになりきれるのか?フィリップの財産を自分のものにできるのか?
ああ…アラン・ドロンがどこまでも美しい…。
 
 
 
 
       

 

 
August 14

アルフィー

 
 『アルフィー』 を鑑賞。
 
1966年の作品
監督  ルイス・ギルバート
出演  マイケル・ケイン  シェリー・ウィンタース 他大勢の女性
 
ストーリー
アルフイーは生来の女好きで、女性の好みに合わせ身なりを整えたり、それにふさわしい態度が出来上がっている男だった。しかし一度女性を征服してしまうと、自分勝手で強い態度に出る男でもあった。ガールフレンドの1人、ギルダが妊娠したときはショックだったが、子供が生まれると彼はたちまち虜になった。しかし、ギルダは心優しく彼女を愛してくれる男と結婚してしまい、子供とも会えなくなり心に傷を負った。そのショックが抜けきらないとき、アルフィーは結核に侵されていることを知りね療養生活に入った。病院でじっとしているのは退屈だったが、看護婦とのアバンチュールには事欠かなかった。退院したアルフィーは病院で隣のベットだったハリーを見舞ったが、彼の妻リリーが疲れきった様子だったので車で家まで送ることにしたが、何故かアルフィーは彼女に引かれ、関係を持ってしまう。そしてリリーが妊娠したことを知る…。

ジュード・ロウとどっちがハンサムか?

マイケル・ケインさん

いやいや、今や“サー”の称号もお持ちで、名バイ・プレイヤーのマイケル・ケインさんが若い若い。33歳のときの作品ですよ。最近ジュード・ロウでリメイクされましたけど、ジュード・ロウ版は未見なので比較は出来ませんが、マイケル・ケインさんもなかなか色男で女性に大もてです。…と、いうか女の心を捕らえるのが上手い男ですね。まず、最初はどこまでもやさしく、そして女性が彼に陥落したら態度がコロリ…です。とたんに彼女に冷たい態度に出て、自己中心の男に早変わりです。それでも女性は彼の魅力の虜になって、せっせと彼に尽くすんですな。う~ん、なんとも羨ましい男ですねぇ…。
 
   有閑マダムルビー(シェリー・ウィンターズ)とアルフィー
 
しかも、演出もなかなか凝っていて面白かったですね。アルフィーが常に観客に向かって話しかけるスタイルなんです。あの女はどうでこうで…という感じで常にカメラ目線。
 
            アルフィーと犠牲者の1人
 
有閑マダムのルビーと、ハリーの妻リリーを知ってしまった彼は、もう若い子には興味を示さなくなるんですね。若い子は必ず「私のこと、愛してる?」と聞くので、それが彼にはうんざりなんですよ。「君の事は好きだけど、僕は縛らない。君は自由なんだよ。」と言い逃れのセリフを必ず言うことを欠かさない。しかし、年上の女はそんな事を言わない。有閑マダムのルビーは彼を何も縛らないし、ただ寝るだけで自由にしてくれる。
アルフィーと彼を取り巻く女たち
 
彼を取り巻く女たちがだんだん離れていくと未練が募るばかりのアルフィー。まったく追い出したのは自分だというのにとんでもない男だなぁ…。
最後は一番付き合いやすい有閑マダムのルビーのヒモになって生きようと思って彼女の許へ行くと、ルビーはギタリストの男を部屋に呼んでねんごろになっていた…。なぜ、あんな男をベッドに引き込むのかと問い詰めるアルフィーに、ルビーは一言、「あなたより若いから」。アルフィーの自尊心が崩れる瞬間ですね。そして、自分は一体何をしてきたんだ…と自分に問いかける。彼は生き方をかえることが出来るのか?
 
ほろ苦い女たらしの物語。
ジャズ界の最後の大物、ソニー・ロリンズのテナー・サックスに酔う映画でもあります。
 
 
 
      
 
 
 
 
August 10

剃刀の刃

 
 『剃刀の刃 を鑑賞。
 
1946年の作品
監督  エドマンド・グールディング
出演  タイロン・パワー  ジーン・ティアニー  アン・バクスター
 
ストーリー
第一次大戦が終わってまもなく、小説家サマセット・モームはシカゴで飛行機士として参戦していたラリー・ダレルに出会う。しかし、彼は深い懐疑にとらわれ恋人イラベラとも結婚しようとしなかった。そして彼はパリヘ行き、精神の安定を得ようとしたが、やはり悩みは深かった。一年後、イザベルは彼に会いにパリへやって来た。イザベルに再会した彼は結婚して二人で正しい生き方と正しい信仰を探求しようと、彼女にプロポーズした。しかし、贅沢な生活に慣れきったイザベラは年収が少ない暮らしに耐えられず、ラリーとの婚約を解消し、以前から彼女に恋していた裕福なグレイと結婚した。ラリーは再び精神の安定を求めインドへ行き、聖者の教えを受け、物資を超越した精神生活の実践、その東洋の聖道に彼は傾倒した。それから十年、グレイは1929年の大恐慌で全財産を失い、神経衰弱になっていた。インドから帰ったラリーはパリでモームに再会し、またイザベラたちとも再会し、グレイの神経衰弱を直してしまう。一同が下町のキャバレーへ行くと、イザベラの親友ソフィーが堕落した姿で現れた。彼女は夫と愛児を交通事故で失い、ヤミの女に落ちぶれていたのだ。ラリーは彼女を救いソフィーと結婚することにする。それを聞いたイザベルは嫉妬に狂った。グレイと結婚生活を送っていながらイザベラはラリーを愛し続けていたのだ…。
 
まだ仲睦まじかった頃のイザベラ(ジーン・ティアニー)とラリー(タイロン・パワー)
 
いやぁ、実に丁寧に作られた映画で感心しました。作家サマセット・モームから見た人間模様。(実は原作もサマセット・モーム)1940年代の映画としては2時間15分は長い部類に入りますが、これが長く感じないところに恐れ入りました。
 
あくまでも主演はタイロン・パワーですが、本当の主役はイザベラとその親友ソフィーなんですね。
イザベラは裕福で何不自由なく育ったお嬢様。お金持ちのグレイに愛されながらも、タイロン・パワー演じる自分の人生に満足しない放浪者のラリーと相思相愛の仲。そしてソフィーは裕福とはいえず、苦学生の恋人がいるが、人生に希望を持っている女性。
 
  サマセット・モームを演じる
  ハーバート・マーシャルさん
 
何か“これ”といったものが自分の中に見つからず、苦悩するラリーはパリへ留学。その一年後に彼を追ってイザベラがやって来る。彼女と結婚すれば何かが変わるかも知れないと思いプロポーズしたのに、年収3千ドルじゃ何も出来ないと思ったイザベラはあっさり彼を捨てて、裕福で彼女を愛していたグレイと結婚。そりゃあないでしょうよ、イザベル。愛よりお金を選んだこずるい女だなぁ…。
 
ラリーとの最後の夜にひかえる
イザベラ
 
 イザベルに捨てられたラリーは、やはり自分を探求しようとインドへ聖者に会いに行き、修行し、ついに悟りをひらくんですね。無我の境地にまでいっちゃう。そしてインドの山の修行小屋を降りたとき、アメリカは大不況時代に突入していた…というわけです。
「年収3千ドルじゃ贅沢も出来ない」なんて言っていたイザベラは夫のグレイの破産で、パリに住んでいる大富豪の伯父の世話になっている有様。おまけに夫は病気にかかってしまい、年収なんて何もない。かろうじて伯父の支援で生活が成り立ってる。そこに救世主現るですよ。すっかり現世を超越してしまったラリーが簡単に夫グレイの病気を治してしまう。そして再びイザベラの心の炎がくすぶり始める…。いやぁ、ホントになんちゅう女なんでしょう、この女は!!
 
                                悟りを開いちゃった男
                                 ラリー
                                        (いやぁ、ハンサムですね)
                                             
 
一方、イザベラの親友だったソフィーは、貧乏ながらも幸せな結婚をして子供をもうけて、これからまだまだ幸せになれる資格があったのに、突然の交通事故で夫・子供共々失ってしまい、パリで落ちぶれた酒びたりの生活を送っていたんですな。これを見たラリーが彼女をほおっておくはずがないじゃないですか。ソフィーに酒をやめさせ、自分と結婚してまた幸せに暮らそうと申し出てくれた男になびかないはずがない。(ハンサムだし)
しかし、それを聞いたイザベラは…。
 
イザベラ & ソフィー(アン・バクスター)
 
いや、女の情念は恐ろしいほど強い。ジーン・ティアニー扮するイザベラがラリーと婚約したソフィーを見る目が冷たくて、そして見下している。「本当は彼は私のものなのよ」と冷たい目つきが語ってましたね。“女”というものは、なんと愚かな生き物なのだと、イザベラの人生を見て思わずにはいられませんでした。
 
 

               

 

 
 
July 27

キャサリン・ヘプバーン

 

 本名 キャサリン・ホートン・ヘプバーン

1907年5月12日  アメリカ コネチカット州 ハートフォート生まれ

医者の娘として生まれ、自由な気風の家庭で何不自由ない腕白な少女時代を過ごす。幼い頃から映画・演劇に魅了され、12歳でアマチュア劇団に参加。14歳の時兄が不審な死を遂げ心に傷をうける。17歳で入学した名門ブリン・マー大学でも演劇に熱中し、大学卒業後ボルティモアのレパートリー劇団に入団。21歳の時劇団の夏季公演でプロとして舞台デビューを果たす。28年には学生時代の恋人ラドロウ・オグデン・スミスと結婚。32年の舞台『戦士の夫』で一躍脚光を浴び、ハリウッドからも注目される。

            家 族                    彼女に一番影響を与えた人物

                                   父、トーマス・ノーヴァル・ヘプバーン         

      

ブリン・マーで              裸足のパンドラを演じる

                                                    「自意識過剰の美人」時代      

― 大学で3つの劇の主役を演じ、すっかり自信をつけた彼女は卒業後、ボルティモアのレパートリー劇団に(なかば強引に)入団する。劇団で2、3の端役を演じたが、彼女の甲高く鼻にかかった声が問題になり、ニューヨークで有名な発声指導者フランシス・ロビンソン=ダフの許で、呼吸法・発声法・演技術を勉強した。しかし舞台に立つと彼女の体は硬直し、甲高い声で猛烈に喋り、舞台は台無しになった。また端役ばかりの女優に戻っていた。

 しかしケイトは勉強を怠らず、役を獲 得する為にわき目も振らず奔走し、色々な役を演じることで、自分の弱点を克服した。― そして成功が訪れる。1932年の舞台『戦士の夫』が注目を浴びた。批評はどれも彼女について触れ、大絶賛だった。

                                                                                    舞台『戦士の夫』

 ところで、『戦士の夫』公演中に、リーランド・ヘイワードというハリウッドのエージェントが彼女のマネージメントをやりたいと口説いてきた。なんと !ケイトは自分に週千五百ドルの値段をつけるよう主張した ― まだ駆け出しのスターとはいえない女優に週千五百ドルを払う映画会社があるだろうか? ― しかし、運のなせる業か…あったのである。

そのときRKO社は『愛の嗚咽』の映画化にあたり、話の中心になる娘役を探していた。監督はジョージ・キューカー(後に彼女の親友になる)主役の父親にはジョン・バリモアだった。ケイトは見事に役を勝ち取り、そして週千五百ドルとタイトル上の序列、撮影中も舞台に出る権利、演じる役の選択をする権利も要求した。 ― そんな新人が今までいただろうか? ―

 

エレガント(?)な服装で

<スター>のごとくハリウッド入りする

― さて、ハリウッドで出迎えたジョージ・キューカー監督は彼女を見たとたん、気を失わんばかりになった。ケイトがエレガントだと思っていた服装は珍妙であり、背が高くやせこけそばかすだらけで、監督は自分がとんでもない間違いをしたと思わせた。プロデューサーのデイヴィッド・O・セルズニック至っては、彼女をすぐニューヨークに送り返すことを考えた。― 撮影が始まるまでの日々の彼女のエキセントリックな行動にも不安を覚えずにはいられなかった ― 彼女はプライヴェートは公表しないし、宣伝など不要だと言ってのけ宣伝部を困らせた。しかし、キューカー監督は彼女を特殊な性質があると感じるようになり、「ガルボ的」であるとさえ思い始めていた。

   映画デビュー作 1932年 『愛の嗚咽』

          ジョン・バリモアと

 映画撮影中にケイトは有能な映画女優へと育ち始める。映画が公開されると、特にケイトに対する批評は素晴らしいものだった。新しいスターの誕生である。― 財産と教養のある独立した令嬢キャサリン・ヘプバーン ! ! ―

 2作目は冗漫な脚本と監督の不器用な演出のせいで失敗に終わるが、彼女の演技だけは好評だった。そして第3作目の『勝利の朝』は、題名通り彼女の勝利だった。小さな町から舞台女優になろうとニューヨーク出てきてスターになる娘役 ― まるで彼女の自己パロディのようである ― 彼女は見事アカデミー主演女優賞に輝いたのである。皆が彼女を観ようと映画館に押し寄せた。狂おしいほど望んだ大成功…。ケイトはたった3作でガルボやディートリッヒと並んで崇められる存在になったのだ。

                                                      1933年 『勝利の朝』

                                                        アドルフ・マンジューと

 次の『若草物語』も大成功。ケイトが演じたジョーという娘は彼女自身のようだった。やさしくてこっけいで、熱烈に忠実で純粋な娘…。彼女の映画界の地位は約束されたも同然だった。マスコミはこぞって「たぐいまれなキャサリン・ヘプバーン」と呼んで彼女を持ち上げた。

 

          『若草物語』

 しかし次の映画は大失敗で ― 彼女は1年半に5作品に出演していて疲れていた ― そして彼女が本当に望んだもの…舞台の本当のスターになるべく“映画撮影中も舞台に出る権利”を行使してニューヨークへ戻った。

― 舞台『湖』はワシントンで幕を開けた。出だしは好調であった。しかし、ニューヨーク公演へ出ると、何もかもが狂ってきた。彼女は猛烈に早口で喋り出し… ― ボルティモア時代のケイトが再び現れた ―批評はもちろん散々なもので「ヘプバーンは心の動きというものについてAからBまで精通している」と皮肉たっぷりに評した。

舞台『湖』

― 傷心のケイトは再びハリウッドへ戻って映画出演をすることになる。舞台出演中に彼女のエージェント、リーランド・ヘイワードがRKO社と新しい契約を結んでいた。― 1934年当時は大不況の真っ只中であったが ― 彼女は6本の映画を1本につき5万ドルで契約した。驚くべきことに、これはルーズベルト大統領より多いサラリーであった。

 しかし次に出演した2作は無残に失敗する。スタジオは彼女の人気に悪影響を及ぼさないよう、愛想良くしインタビューにもっと応じて欲しいと懇願したが、彼女はプライバシーの権利を盾にして協力を拒否した。

1936年の次の作品『男装』は興味深い作品だ。1930年に『モロッコ』ディートリッヒが、33年に『クリスティナ女王』でガルボがそれぞれ男装して成功を収めていた。次は自分の番とばかりに素晴らしい演技を披露した。しかし物語はあまりに時代に先んじていたし ― 後年「早く来すぎたカルト・ムーヴィー」として高く評価されることになる ― 共演のケーリー・グラントの方に注目が行ってしまった。そしてその次に選んだ重々しい時代物3作品で、彼女の女優経歴は止まってしまったのである。人気にも大打撃だった。

         『男 装』                            ケーリー・グラントと

 失敗作が続き女優生命の危機を感じていたにもかかわらず、1937年彼女はまた新しい契約を結んだ。映画1本につき7万5千ドルである。しかしジンジャー・ロジャース共演の『ステージ・ドア』は、ショックなことに彼女のビリングは3番目だった。だが映画は完全にケイトの独壇場だった。興行成績も大当たりで、彼女は再び「たぐいまれなキャサリン・ヘプバーン」として返りざくことになる

 

               『ステージ・ドア』

               ジンジャー・ロジャースと

 続く1938年の『赤ちゃん教育』は、スクリューボール・コメディで、彼女素晴らしいコメディエンヌだという好批評にもかかわらず、観客の入りは悪く、金銭的にも損失を出した。そして経営陣はケイトに低予算映画に出るか、彼女の契約を買い取るか二者択一を迫った。彼女は契約を買い取った。しかしジョージ・キューカーが助け舟を出してコロムビアで、再びケーリー・グラント共演の『素晴らしき休日』に出演した。しかし、また観客の入りは悪かった。「たぐいまれなキャサリン・ヘプバーン」の株は急降下した。 ― この2作が評価されるのはずっと後になってからである ―

― そしてケイトは荷物をまとめハリウッドを去り実家へ帰ったのだった。

『赤ちゃん教育』

 

 『素晴らしき休日』

 <ケイトの男たち>

彼女は一風変わった美しさとしとやかさを持ち、相手をたじたじさせるほどの負けん気と繊細さ、そしてユーモアの持ち主で、何者にも代えがたい魅力があり、男性は彼女に魅了されるのだった。彼女は気に入った男が出来ると必ず実家に招待した。― もちろん、父親に気に入ってもらい<お墨付き>をもらうために ―15歳の誕生日を迎える頃には、若い男たちがヘプバーン家の門の前に列をなした。そして大学卒業後、結婚相手として選んだのは大学のダンス・パーティで出会ったラドロー・オグデン・スミスだった。

      最初にして唯一の夫ラディと

彼は裕福な家庭に生まれ、一流の教育を受けフランスの大学を卒業し、洗練された教養を身につけており、それがケイトにとっては魅力だった。ケイトは彼のなかに、よく気のつく同伴者、楽しませてくれる話し相手、自分のキャリアの邪魔をしない男、そして多分彼は彼女の人生のなかで兄のトムの埋め合わせとなったのであろう。― もちろん父親の<お墨付き>である ― 2人は結局34年に離婚するが、彼は彼女に無償の献身を送り続け、彼が亡くなるまで彼女にとって大事な人となった。

 ケイトのエージェント、リーランド・ヘイワードと恋に落ちたとき、2人とも既婚者だった。彼もまた裕福な家庭の出で、プリンストン大学で学んだ。彼は女性に対しては限りなく優しく、エージェントとしては自分の顧客のために法外なギャラを要求し、常に不可能に挑んだ。そして知的な女性を愛し尊敬する男だった。彼は世界最高の美女十人のリストにケイトをあげている。「ガルボとディートリッヒに並びまさに最高である」と。

       リーランド・ヘイワードと

 

2人とも離婚し、結婚はいつでも出来る状態だったが、共に結婚に縛られたいとは思っていなかった。しかし、この楽しく完璧な2人の生活が4年続いた後、彼は突然ケイトのライバル女優、マーガレット・サラヴァンと結婚して2人の関係は終わりを告げた

次の“男”は、1936年の映画『スコットランドのメアリー』の監督ジョン・フォードだった。彼は男のなかの男で、彼女より12歳年上で父親にどことなく似ていた。また確固たるカトリック信者で既婚者だった。2人は撮影開始同時に「戦い、言い争い、騒ぎ立てた」。しかし、派手に反撥しあう一方でどちらともなく恋に落ちていた。

 

『スコットランドのメアリー』撮影中

ケイトとジョン・フォード監督

 ローレル・キャニオンのケイトの新居で逢い引きは続けられ、週末になるとフォードのヨットで時を過ごした。映画の撮影が終わると2人は一緒にケイトの実家で1ヶ月過ごした。― しかし父親は彼をケイトを不当に扱う女たらしの既婚者としか見なかった ― そして2人が関係を続けていくには限界があった。それでロマンスはお終いになった。

ハワード・ヒューズに会ったのは、『男装』撮影中のことだった。ケイトとグラント、キューカー監督がランチをとっている時、複葉機がロケーション地の原っぱに降り立ち、ハワード・ヒューズが自己紹介した。彼がケイトに会いたがっているという噂は前々から聞いていたが、彼と個人的に話すチャンスを与えなかった。しかしヒューズは彼女がハリウッドを去ったとたん花を贈りはじめ、彼女と個人的に頻繁に会うようになり、そして愛に変わった。

             

                                                                     ハワード・ヒューズと彼の愛機で

ハワード・ヒューズも裕福(それもかなり)な家庭の出で、彼は豪胆な冒険家でもあった。2人は多くの共通の関心事を持っていた。ゴルフ、映画、飛行 ― 彼はケイトに飛行機の操縦を教えた ― そして名声を愛し、世の注目を浴びたがった。ヒューズはすでに大陸間飛行の記録を破った英雄であり、今度は世界一周記録達成飛行挑み、リンドバーグの記録を半分に縮めた。

しかし、ヒューズはしばしばヘプバーン家の食卓の客になったが、彼らの異常なほどの議論の輪には耳が悪い彼としては加われなかったし、一家の無頓着な態度や無秩序な生活には我慢ならなかった。ヘプバーン家のほうでも、彼が一家と食事をするのを断ったことや、彼らのライフスタイルを批判したことで彼の印象は良くなかった。父親はヒューズへの判断を保留し、ケイトもそれに習った。

<役への執着>

ケイトはほとんどの作品の役の獲得には執着しなかったが、MGM社で『豪華一代娘』(結局ジョーン・クロフォードに行った)ユージン・オニール作の、ガルボと共演の『喪服の似合うエレクトラ』(実現しなかった)。そして何にもまして欲しかった役は、『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラだった。スカーレットは正にケイト自身だった。そして監督は彼女の友人ジョージ・キューカーに決まった。キューカーはケイトをスカーレット役にと後押ししたが、プロデューサーのデヴィッド・O・セルズニックは賛成しなかった。ケイトは彼に直談判した。彼言った。「クラーク・ゲイブルが君を10年間追いかけるなんて想像出来ない」と。

― スカーレット役にイギリスの女優ヴィヴィアン・リーが決まると、ケイトは舞台『フィラデルフィア物語』から女優業に復帰することにしたのだった。主役のトレイシー役は彼女と類似点を多く持っていたし ― 彼女は自分個性を投影させる人物の役のとき最高の演技を見せたものだ ― 劇は軽いロマンティックなもので、ウィットに富んだ会話で満たされていた。上演する前から“当たる”予感のする劇だった。

舞台はフィラデルフィアで幕を開けると、熱狂的な賞賛がかえってきた。ニューヨーク公演 ― ケイトが『湖』以来敵とみなしていた場所だ ― もついにケイトにひれ伏したのである。彼女は舞台でもスターになった。そして父親もとうとう自分の娘が素晴らしい女優だと認めたのであった。

                                                                   舞台『フィラデルフィア物語』

― ケイトに結婚の返事を待たされたあげく、結局ハワード・ヒューズは彼女を追いかけるのに飽きて、また他の女優たちを追いかけ始め、関係は自然消滅した。

『フィラデルフィア物語』の舞台の初日からほんの数日でMGM社から映画化権を買いたいという話が来た。契約は彼女が全部自分でした。ビジネス・ウーマン、ケイトである。彼女は監督(ジョージ・キューカーに決まっている)と出演者を自分で選ぶ権利も与えられた。彼女は是非スペンサー・トレレイシーと共演したかったのだが、MGMは彼を休養が必要とみて配役を拒否した。しかしケーリー・グラント、ジェームズ・スチュワートと豪華な顔ぶれが揃った。グラントにビリング1位の座を譲ったが、映画は完全にケイトのものだった。「たぐいまれなるキャサリン・ヘプバーン」の完全復活であった。

映画版『フィラデルフィア物語』

ケーリー・グラント、ジェームズ・スチュワート

1941年、ケイトの次の映画は彼女を念頭に置いた脚本、『女性No.1』をまたもや自分でMGM社に売り込んだ。共演は今度こそ、スペンサー・トレイシーで。

           スペンサー・トレイシー

スペンサー・トレイシーはケイトがハリウッドで尊敬に値する数少ない俳優の1人だった。そして彼はケイトの父親に似て男の中の男であり誇り高い人間だった。しかし結婚生活はすでに破綻していたが、彼の信仰心と、息子が不治の聾者であり、ルイーズ夫人が彼の世話に生涯を捧げていたが、自分が彼女のの役に立たなかったと感じ、息子と意思の疎通が出来ないことで罪の意識にさいなまれた。そして、そのことでアルコールに溺れてしまう自分を許すことが出来ない男でもあった。

映画化権売買の交渉中、偶然2人は出会う。ハイヒールを履いた彼女はトレイシーより上まわった。彼女は「私、あなたより少し背が高すぎるようね、ミスタートレイシー」と言った。彼はしばらく彼女をじっと見て、「ご心配なく、ミス・ヘプバーン。僕があなたを僕のサイズに合うように切り詰めてあげるよ」応えた。   ― 2人の間で化学反応が起こった瞬間だった ―

『女性No.1』の売買契約が成立した。またしてもケイトの勝利だった。

 2人はカメラを前にして向かい合ったその瞬間から互いに性的に意識あっていることを、セット内にいるものは皆気づいた。2人はただひたすら真剣に愛し合っていたのである。 

― 以後27年間にわたる愛の始まりであった ―

『女性No.1』

監督のジョージ・スティーヴンスはケイトに警告した ― 彼は信仰と結婚の誓約に関する限りまじめであること、そしてアルコールに逆らえないこと ― ケイトがトレーシーとの関係を進めるなら人目を忍んで…という条件飲まねばならなかった。しかしケイトにとってそのような条件はこの恋愛をますます望ましいものにするだけだった。今の彼女はプライヴァシーを完全に確保出来たしトレイシーが名ばかりの結婚生活を送っていることは同情買うだけだった。撮影が終わるまで2人の恋愛の進行を妨げるものは何も無かった。2人は可能な限り一緒にいた。ケイトは献身的に愛し、トレイシーの才能を深く尊敬した。一方トレイシーは彼女のなかに、不幸な個人生活を埋め合わせる全てを見たのだった。

映画は大成功だった。批評家たちは声をそろえて、2人は素晴らしいコンビであり、お互いに補い合っていると言ったものだ。― 2人は結局トレイシーが亡くなるまで9作共演することになる ―

― トレイシーの日常生活における彼女の役割は多岐にわたっていた。妻であり、秘書であり、話し相手であり、運転手であり、看護婦だった。彼を車で仕事場まで送り、自分がセットにいる必要のないときさえ一緒にそこにとどまった。仕事が終わると彼女の家まで車で連れてきて、食事を作り、彼を励まし、最後に彼の家まで車で送るのだった。(生涯にわたって2人は別々に暮らしていた)

それからの8年間はケイトのエネルギーは2人の為の台本を見つけることに向けられた。しかし、常に対等の役を演じるストーリーはめったになかったし、更に2人に適役のものとなるとまずお目にかれなかった。どうしても決めなければならない時はトレイシーの役のほうが大きかった。

      1942年 『火の女』             1947年 『大草原』

この時期(1942年~50年)の2人のキャリアについてハリウッドライターが触れるときは、「トレイシー=ヘプバーン時代」と呼んでいる。しかしケイトについては当たっているが、トレイシーには当てはまらない。その8年間でケイトは10本の映画に出演し、6本はトレイシーと一緒だった。そして残りの4本は必ずしも成功とは言えなかった。一方トレイシーは14本の映画に出演しており、彼女と共演しなかった8本のうち7本は大ヒットしただけでなく、映画俳優としての彼の地位は神格化された。結果としてケイトはただ彼の才能の素晴らしい引き立て役となっただけだった。1949年、2人を念頭においたオリジナル脚本の『アダム氏とマダム』においてのみ彼女はトレイシーと対等な役を演じることが出来た。

1949年 『アダム氏とマダム』

しかし、彼女は俳優のエゴに支配されなくなった。それに代わってトレイシーと一緒に良い映画を作ることに心を砕いた。

ちなみにトレイシーもケイトの家に招かれている。しかし彼と父親の間には一種の競争意識があった。2人が惹かれあうにはあまりにも多くの点で似ており、2人ともケイトに対する相手の支配力を腹立たしく思っていた。        

― そして2人の関係も永遠に順風満帆とはいえず、何度か危機をむかえている。トレイシーはどうしても酒との関係を断ち切れなかった。そしてケイトがいないと何も出来ない男になっていた。彼女がいないと酒を飲み始め、彼女が彼の許へ帰ってくると、今度こそ禁酒すると誓い、ケイトは彼の為に出来る限りのことをする…の繰り返しだった。

彼女は44歳になり、もう性的魅力や若さを必要とする役は出来なかった。そして中年女性を主人公にする作品はひじょうに少なかった。しかし体は痩せたままであり、声は喫煙のせいで金属的な音色ある程度やわらげられていて、相変わらず魅力的だった。トレイシーと一緒に仕事をしたおかげ彼女は彼から多くのことを学び、演技に新しい自信を得ていた。彼女は今ではどんな役を演じても説得力を持たせることが出来ると感じた。

『アフリカの女王』の話が舞い込んだのは、ちょうどその時期であった。ケイトは役が気に入ったし、特にボギーやヒューストン監督と仕事が出来るのが楽しみだった。そして、映画を撮影するのに当時のベルギー領コンゴへ行く、という考えが彼女を夢中にさせた。ケイトはトレイシーをハリウッドに残して、アフリカへ旅立ったのである。

恐ろしい自然の障害と戦いながら、撮影は週に7日間、朝6時から暗くなるまで続いた。赤痢とマラリアが撮影隊のあいだに広まり、ケイトは赤痢のひどい症状に加え、たえまない吐き気に襲われたが、それでも彼女は撮影を一日たりとも休まなかった。そして毎日トレイシーに手紙を書いた。

『アフリカの女王』

この映画ははケイトの最も忘れがたい映画の1つであり、ボギーと彼女が最高の演技を見せた1つでもある。ケイトはトレイシー以外の主演男優ともスクリーン上に火花を飛ばしうることを証明した。そして、テクニカラーで火のような赤毛と灰色の瞳をはじめて見せた作品でもあった。

映画が封切られると、ケイトの女優歴における新たな転機となった。ブリン・マー出身の社交令嬢のイメージから、もっと成熟した女性 ― 最悪の事態にも耐えて男性に劣らず立派に生き抜く強さを持った女性 ― に、永久にとって代わられたのである。

― 今やトレイシーはケイトがいないと世捨て人のようになっていた。彼女がアフリカから帰り、自分の許へ帰ってくると顔を輝かせた。そして2人が再び共演するという考えを心から歓迎した。『パットとマイク』でケイトはオールラウンドの運動選手として有能な可能性を持った体育教師、トレイシーは彼女をスカウトするスポーツ・プロモーターを演じた。

       スポーツ万能の女性を演じる

              

                                               1952年 『パットとマイク』

この映画は興行的にも批評的にも成功作となったが、『アフリカの女王』と比べると、役の成熟度は一歩も二歩も後退した。この映画はケイトにとってMGMとの契約における最後の映画だったが、先へ進もうと決意した彼女は契約を更新しなかった。そして舞台へ出演する為、またもやトレイシーを1人残しニューヨークへ帰った。

出演した舞台が成功とは言えず ― 彼女の名前で客は入ったけれど批評は良くなかった ― 将来の見通しがつかないまま46歳になったとき映画『旅情』への出演オファーが舞い込んできた。彼女これに飛びつく。― 中年女性の淡い恋物語である ― 舞台はイタリア・ヴェニスである。この映画の彼女の役は、ケイトが自分のイメージで映画の人物を創り出すという評判をまた一つ高めるものだった。映画は成功作となり、汚れた運河に3回も落とされた苦労も報われたのだった。

 

               『旅 情』

  運河に落ちるシーンで結膜炎にかかってしまった

― ケイトに取り残され、むきになって酒を飲み始めたトレイシーは、1955年以降完治の見込みのない重病人になった。特に心臓が弱り肝臓がひどくやられていた。しかし2人の関係には目立つほどの変化が起こった。トレイシーの世話をするケイトはほとんど保護者のようになった。二度と長期間彼を1人にしておくまいと彼女は心に決めた。2人の関係が始まった頃でさえこれほど親密なことはなかった。ケイトが映画を撮るときや劇の旅公演には出来る限り一緒に行き、トレイシーが映画を撮るときはケイトが同行した。ベストだったのは2人がまた一緒に映画を撮ることだった。

2人が選んだのは、『デスク・セット』という軽いコメディだった。批評家たちにとってこの映画を我慢できるものとし、時には楽しませるものにした唯一の点は、2人が5年ぶりに共演したということだった。

 

                                                      1957年 『デスク・セット』

― 1962年、ケイトはついに映画界の女王に登りつめる。ユージン・オニール作の映画『夜への長い旅路』で素晴らしい演技を見せた。ケイトは床に這いつくばり、髪を振り乱し、メーキャップなしでメアリー・タイロンという役を演じた。この演技は彼女の集大成で、カンヌ映画祭主演女優賞を受賞した。

『夜への長い旅路』

だが、私生活では悲劇へと向かっていた。トレイシーは重症の気腫に見舞われ、父親も重い病気にかかっていた。彼女は一週間ごとにカリフォルニアとコネチカットを行き来して数ヶ月過ごした。そして11月の終わり、子供たち全員が見守る中、父親は息を引き取った。

ケイトは父親の葬式のあと、トレイシーの許へ飛んだ。そしてもう二度と彼から離れず自分の力の全てを傾けて、彼が生き続け良い仕事が出来るよう戦おうと心に決めた。結局彼女は生涯の5年間 ― 彼女のキャリアのうち最も輝かしい時となることが約束されていた歳月 ― を、彼に捧げることになった。彼女はそれをトレイシーと一緒にいることと喜んで交換したのである。

 

          トレイシー&ケイト 至福のとき

1963年初夏トレイシーは心臓の発作に襲われ、肺浮腫と診断された。ケイトとルイーズ夫人はスケジュールを決め、それぞれがトレイシーベッドのそばでいられる時間を持つようにした。1965年にはトレイシーは前立腺に障害があると診断され、切除手術が行われた。ケイトとルイーズ夫人は再びぶつからないように訪問日を調整をし看病した。

しかし1967年トレイシーの健康が奇跡的なまでに回復を見せ、2人は再び ― そして最後の ― 共演を果たす。映画『招かれざる客』はリベラルな夫婦のもとへ娘が黒人のフィアンセを連れてくることから起こる社会喜劇だった。2人は娘の両親を演じた。この映画は興行的成功を収めたが、しかしこの映画の内容には棘のある批評が加えられた。だが、ケイトとトレイシーに対しては大絶賛の嵐だった。

 

『招かれざる客』

トレイシーは、2人が共に受けた輝かしい批評も映画の成功もついに知らないままだった。映画の完成の15日後、彼は致命的な心臓発作に襲われた。その直後ケイトが家に到着すると、彼はすでに亡くなっていた。ケイトは彼の葬式にも出席せず ルイーズ夫人の名誉のためというべきか ―自宅に閉じこもり、記者に話すことも拒んだ。

『招かれざる客』はアカデミー賞で2人の演技がノミネートされた。ケイトはトレイシーが賞を取るものだと思っていたが、がっかりしたことに、トレイシーではなく彼女が受賞した。そのことを知らされるとケイトは、「多分この賞は、実は私たち2人に与えられたものだと思います」と答えた

― トレイシーの死後、記者や大衆がケイトのことを<真の未亡人>として配役していた。― 公の喪服はルイーズ夫人が着ていたけれど ―長年細心の注意をはらい、洩れたとは思われなかった秘密が、今や誰でも知ってることにケイトは驚いた。しかし、トレイシーがいなくても彼女は前に進まなければならないと感じ、興奮して夢中になれる仕事を見つけることを第一に考えるようになった。そして、映画『冬のライオン』と『シャイヨの伯爵夫人』に出演することにサインしたのだった。

この2本の映画は海外で撮影されることになり、長期間海外にいるという考えはケイトには仕事に没頭できると考えた。― 彼女は1人で新しい生活を始めようと決心したのだった。 

『冬のライオン』の撮影隊はアイルランドからウェールズへ、さらフランスへと移動した。この映画でピーター・オトゥールが王とライオンを演じたが、撮影所にいるものは誰が本当に王冠を戴いているか疑いもしなかった。快活なオトゥールと一緒に仕事をすることは、トレイシーの死後、落ち込んでいた気分から抜け出すのにふさわしい生気を生み出した。

歴史の解釈によれば、ヘンリー二世はななよなよとした頼りない王だったようだが、オトゥールはこの映画では大胆なダイナミズムを吹き込んだ。そして、エレオノールの恐ろしいほどの自立心と性格の強さについては疑問の余地がないようであり、批評家たちもほぼ一致して、エレオノール役のケイトが、「自分の姿を直視することの出来る年老いた美女、抜け目ないがそれにピッタリのユーモア感覚を持つ世慣れた女性を創造することに成功した」と認めることになった。― まるでケイトそのものではないか! ―

 

                  『冬のライオン』

1968年のアカデミー賞で、ケイトはバーブラ・ストライザンドと一緒に主演女優賞に輝いた。だがその一方で、『シャイヨの伯爵夫人』は散々な失敗作に終わった。

― そして新しい挑戦へ

ケイトの旧友アイリーン・セルズニックがミュージカルで、偉大なるファッション・デザイナー、ココ・シャネルを演じてみないかと提案してきた。この提案にケイトは困惑した。自分が歌を唄うなど想像も出来なかった。しかしケイトは歌のレッスンを受けてからオーデションに挑んだ。ケイトの歌が進むと聞いていた全員がほっとした。そしてケイトは70歳のシャネル ― 彼女は自分青春時代に範囲を限って脚本にすると告げられていたので傷ついた ― 演じることになった。しかし『ココ』の舞台は生気のない音楽と歌詞と、ストーリーは完全にフィクションだった。ケイトの演技はココ・シャネルというより、彼女自身のパロディだった。

 

1969年 舞台『ココ』

この舞台に対する批評は一概に厳しいものだったが、ケイトはまったく彼女の個性だけで舞台を7ヶ月以上公演しただけでなく、連日劇場を満員にした。

― 彼女は記者たち、カメラマンたち、訪問者にとって、今ではひじょうに近寄りやすい人となっていた。「プライヴァシーの侵害者たち」に対するかつての敵愾心は消え去っていた。会話のなかにトレイシーの名がたえず織り込まれ、いつも偉大な俳優としての彼の伝説について、また2人の長い関係の神聖さを度々口にした。

― ケイトの新たな挑戦はまだまだ続く

ケイトは長い間TVに対して関心を持たなかった。家にTVさえなかった。しかし1965年以来テネシー・ウイリアムズ作の『ガラスの動物園』の主人公をTVで演じて欲しいと口説かれていた。彼女はTVが信用出来ず出演には抵抗していたが、1973年ついに陥落する。

 

              TV 『ガラスの動物園』

『ガラスの動物園』の撮影が終わったあと、TVに対するケイトの感情は一転した。彼女はこの媒体が大変な挑戦になりうるし、舞台ではやれそうもないし、映画会社が資金を出したがらないような役を試みることが出来るかも知れないと思うようになった。

その後まもなくジョージ・キューカーが、1911年のロンドンを舞台にしたコメディ、『恋の旅路』の出演依頼をしてきた。相手役はサー・ローレンス・オリヴィエである。その企画は彼女にとって逆らいがたいほど魅力的だった。― オリヴィエはトレイシーの賛美者であり友人だった ― ソフトフォーカスで注意深く撮影されたケイトは永遠の美しさを持つように見えた。

 

 1975年 『恋の旅路』

このTV映画はキューカー、ケイト、オリヴィエに、エミー賞をもたらした。1979年にはキューカーとの10作目にして最後の仕事、『小麦は緑』で2度目のエミー賞に輝いている。

― もう1人の<男のなかの男>との共演

ケイトは映画『オレゴン魂』で、ジョン・ウェインと共演することに同意した。ウェインが1969年にオスカーを受けた『勇気ある追跡』の続編である。彼に会ってケイトは身の震える思いがした。他の者たちは2人の間に流れた化学反応に気づき、2人の年齢を笑った。2人とも68歳だった。

ケイトとウェインの間の深いやさしい愛情は、撮影地にいた9週間の間人目につくほどだった。2人は同じくタフな性格をしていた。彼女は腰の手術を受けてから1年とたっていなかったし、何十年も馬に乗っていなったが、馬を手荒く乗り回した。危険な離れ業のシーンも全部自分でやった。同様にウェインも片肺が切除されており、切り取られた癌の再発の徴候がないか監視されていたが、2人とも哀れみや特権を嫌った。

 

                                                          『オレゴン魂』

                                                          ジョン・ウェインと

撮影が終わったとき、ウェインは両腕にケイトを抱きしめ、その口に音高くキスした。ケイトは一瞬呆然と立ち尽くし、それから急ぎ足で立ち去った。ウェインは葉巻に火をつけ、「ちくしょう ! あれはいい女だぜ !」と言った。やがて彼女は衣装を脱ぎセットに戻ってきて、キャストやスタッフと一緒に乾杯した。またしてもウェインは彼女を荒々しく抱きしめた。

1975年10月に映画が封切られると、大変な興行成績を収めた。批評家たちは、『アフリカの女王』に似たプロットと月並みな演出を指摘したが、年齢を忘れさせる伝説的な二大スターの共演映画を作ってくれたことに感謝の意を表した。

― 1979年にジョン・ウェインが亡くなると、伝説的なスターのほとんどは輝きを失うか、引退するか、死亡するかしていた。俳優連盟のトップを飾る古いスターは2人しか残っていなかった。 ケイトとヘンリー・フォンダである。 『黄昏』の台本がケイトに送られてきたとき、ケイトは映画に出ることを喜んで決めた ― 結婚して50年になり、夏の別荘を再訪した夫婦をめぐる物語である ― フォンダの許にも台本が送られ、彼は「それを読んで燃えた」。彼は重症の心臓病にかかっており、4年以上もペースメーカーを体に埋め込んでいた。しかし、<老人たち>映画に投資する危険を冒そうとする映画会社は無かった。しかし、フォンダのジェーン・フォンダが老夫婦の娘役で出演することに決め、彼女の信念は資金を集めて共同プロデュースするのに充分なほど強かった。

撮影の初日、彼女はトレイシーのお気に入りだった帽子をフォンダに贈った。彼は涙が出るほど感激し、撮影中それをずっとかぶっていた。

 

           1981年『黄昏』

         ヘンリー、ジェーン・フォンダと

翌年春のアカデミー賞で、ケイトは四度目の、フォンダは初のオスカーを受けた。三週間後フォンダは亡くなった。

― ケイトはとうとうタイトルのトップを要求しうる映画の伝説的大スターの最後の1人となった。重要なメッセージを持つ面白い作品は彼女の関心引き、積極的に出演し続けた。執筆活動にも励み、1987年には『アフリカの女王と私』、1991年には自伝『Me』を上梓している。1994年のウォーレン・ベイティ主演の『めぐり逢い』に特別出演したのが彼女の最後の仕事であった。

そして、2003年6月29日老衰のため死亡。96歳。大往生であった。

 

彼女は「自立した女」としてのパイオニアであった。そして27年間にもわたる隠された恋愛を貫き通し、彼の死後夫人や子供たちと友情を育んだ上た女性でもある。アカデミー賞主演女優賞に12回ノミネート、そのうち4度受賞は破ることができないだろう。しかしそんなことはどうでもいい。 

彼女はなんといっても、映画の黄金時代から衰退し、人気がTVに移っても“スター”であり続けた、「たぐいまれなるキャサリン・ヘプバーン」なのである。

 

 

July 24

マコ・岩松さん死去

 
ハリウッドで活躍していた、日系俳優
マコ・岩松さんが21日、食道がんのため死去なさいました。
享年72歳。
 
1966年 『砲艦サンパブロ』
スティーヴ・マックィーンと
 
なんといっても忘れられないのが、1966年の映画『砲艦サンパブロ』で
スティーヴ・マックィーンに可愛がられる青年ですね。
彼もこの演技で、アカデミー助演男優賞にノミネートされています。
 
最近では、2001年の国辱映画『パールハーバー』で、山本五十六を
演じています。

2001年『パールハーバー』

 

こういう貴重な俳優さんが亡くなるのは何とも残念でなりません。

ご冥福をお祈り致します。

 

 

 

モダン・タイムス

 
 『モダン・タイムス』 を鑑賞。
 
1936年の作品
監督・出演  チャールズ・チャップリン
出演      ポーレット・ゴダード
 
ストーリー
チャーリーは大きな工場で職工をしてたいが、毎日単調無味な仕事を続けているうちとうとう精神がやられ、病院へ送られた。やがて全治して退院はしたけれど仕事は無かった。街を歩いていると暴動の群衆に巻き込まれ、彼は暴動の首謀者と見なされて投獄された。しかし牢の中で無意識に牢破りを計画していた一味を退治したので、放免される。ふとチャーリーは飢えた少女がパンを盗んで警官に捕まったのを見て彼はすぐ無銭飲食をし、警察に引き立てられた。牢へ送られる途中でチャーリーは少女と顔を合わせ、2人は示し合わせて逃亡する…。

チャーリー、機械と格闘する

チャールズ・チャップリンさん

 

チャップリンの作品はほとんど観ているのだが、この映画だけなぜか

未見だったんですね。なんでだろうか?

 

この映画でチャップリンは“機械社会”を批判してますね。

そして大不況時代もちゃんと見せてくれます。

    「食事マシーン」に翻弄される
 
機械社会の中で、流れ作業の仕事の末についに精神がやられてしまうというのは、笑えないことでもあります。そして、刑務所の生活のほうが、ご飯も出るし、食いっぱぐれることはない。なんとか刑務所に戻れないかと考えるチャリーに、大不況の影を見ます。

大不況の中でたくましく生きる少女

ポーレット・ゴダードさん

 

しかし、1人の少女に出会ってチャーリーはまじめに働こうと決心するんですな。でもやはり仕事にありつけはしても失敗だらけで首になってばかり。なんとも頼りない男ですなぁ…。

極貧の中でもけなげに生きる少女。彼女は彼と暮らす家を見つけます。なんともすざましいボロ屋ですが、それが2人の愛の巣。そしてチャーリーがデパートの夜警の仕事を見つけ、本当の家を持てると2人して目を輝かせる…が、その仕事にも失敗。

その間に少女は踊り子として、レストランで働くことになります。強い絆で結ばれた二人、もちろん少女の紹介でチャリーもその店で働くことに。そこで初めてチャップリンの声が聞けるんですね。意味の分からない言葉で歌を唄います。これがチャップリンの最後の抵抗が終わった瞬間でもあるんですね。

機械社会に「NO」を突きつけ、大不況にも問題を提起し、去っていく2人の姿にはなにか神々しいものを感じますね。「2人で頑張れば何とかなる」という言葉が胸を打ちます。

機械社会と大不況から歩み去る二人

 

不屈の名曲『スマイル』もチャップリンが作曲したもの。

まったく彼はマルチな天才なのである。

 

 

    

 

 

July 21

悪魔のような女

 
 『悪魔のような女』 を鑑賞。
 
1955年の作品
監督  アンリ・ジョルジュ・クルーゾー
出演  シモーヌ・シニョレ  ヴェラ・クルーゾー
    ポール・ムーリッス
 
ストーリー
妻クリスティナの財産でパリ郊外の小学校の校長に収まっているミシェルは妻に教鞭をとらせもう1人の女教師ニコルを公然と愛人にしていた。乱暴で利己的な彼に対して、2人の女はついに我慢出来なくなり、共謀でミシェル殺害の計画を立てた。3日の休暇を利用してオニールのニコルの家へ行き、離婚の話を餌にミシェルを呼んだ。いざとなるとクリスティナは怖気づいたが、気の強いニコルは彼女に命令してミシェルに睡眠薬入りの酒を飲ませ、寝込んだところを浴槽に浸けて窒息死させた。翌朝2人は死体を、用意した大きなバスケットに詰め小型トラックで学校まで運び、夜の闇に乗じて死体をプールに投げ込んだ…

ヴェラ・クルーゾー (クリスティナ)  シモーヌ・シニョレ (ニコル)

 

いやはや…実に恐ろしい映画でしたよ。

彼の映画はヒッチコックのようにユーモアが無いところが余計に怖い。

妻と愛人が自分の“男”を殺すという題材をよくもこう、

恐ろしげに描けたものです。

しかし、恐ろしくなるのは、ミシェルを殺したあとからなんですね。

            殺されたミシェル

       ポール・ムーリッスさん

 

プールから彼の死体が浮かんでくるのを待ちきれないクリスティナは

水を抜くよう命令する。しかし…肝心の死体が無い!!

 

そして、殺したときに着ていたスーツが洗濯屋から届く…。

校長先生を見た、という学生まで現れる…。

                映画のワンシーンより

 

そして、心臓の弱っているクリスティナの健康がますます悪化する

そのとき…いや、怖い怖い。

 

シモーヌ・シニョレがテキパキとした女を貫禄で演じてます。

ヴェラ・クルーゾーも好演といえるでしょう。

 

夜中に観るべき作品ではないですが、映画の出来は素晴らしいです。

 

 

 

 

    

 

 

July 18

間違えられた男

 
 『間違えられた男』 を鑑賞。
 
1956年の作品
監督  アルフレッド・ヒッチコック
出演  ヘンリー・フォンダ  ヴェラ・マイルズ
 
ストーリー
ニューヨークのナイトクラブでベースを弾く貧乏楽士マニー・バレストレロは妻ローズの歯の治療代300ドルを工面する為、ローズの保険証書を抵当に金を借りようと、ある日保険会社を訪れた。窓口係の女性がふとマニーの顔を見て驚いた。忘れもしない、この会社に2度も強盗に押し入った男とそっくりだったのだ。彼女はマニーを待たしておいて警察へ急報。マニーは刑事2人によって第110区の警察署に連行された。身に覚えのないことであったが、筆跡まで強盗犯人と酷似しており、保険会社の参考人によってマニーは真犯人と断定される…。

ヒッチコックにかかると、誰でもとたんに怪しげな人物になる…

ヘンリー・フォンダさん

 

実話に基づいて作られた映画ってのが、まず怖いですね。

たまたま強盗犯人に似ていた為に逮捕され、犯罪人にされてしまう男。必死にアリバイを探しても、それを裏付ける人物が揃いも揃って亡くなっているという運の悪さ…。いやぁ、怖いですね。そりゃ、奥さんもこうなったのは自分のせい…と思い精神バランスを崩してしまいますよね。

妻ローズが段々おかしくなっていく…

 

妻ローズを演じたヴェラ・マイルズはヒッチコックに愛された女優ですね。バーグマンやグレース・ケリーみたいにスター級の扱いを受けてはいませんが、『サイコ』でも、ジャネット・リーの妹役で出演しています。『めまい』でとうとう主役…と、いうときに妊娠してしまい、降りてしまい結局キム・ノヴァクが役をゲットしたという不運の女優さんでもあります。

        映画のワンシーンより

 

ヒッチコックの演出もなかなかの冴えを見せています。マニーが車の中で刑事たちを見るシーン、護送車の中で囚人たちの靴を見るシーンなど、彼ならではの素晴らしい演出が見られます。

 しかし、突然の幕切れにちょっとびっくり。もっと裁判シーンがあっても良かったかも…という不満もあったのも確か。

                 そしてヒッチコックはこのシーンにいた!!

 

彼の作品のなかでは、語られることがあまりない映画なので

中くらいの出来の作品なのかな?

地味な作品であるのは確かですけど…。

 

 

 

    

 

July 16

パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマン・チェスト

 
 『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマン・チェスト』
                         ― を鑑賞してまいりました。
 
 
全米で大ヒットだのという言葉にだまされて、観に行ったわけですが…
(まぁ、第一作目もなかなか面白かったし…)
 
思想の深さも何もない、ただの娯楽映画に2時間半…。
そりゃ、楽しめればいいけどね。
 
まったく面白くなかったっす!!!
       ノリノリのジョニー・デップさん
 
わたくし、最後のほうには中指を立てていましたよ。
「ふざけるな!!」と。

                オーランド・ブルーム & キーラ・ナイトレー

                        

ユーモラスであろうと思われるシーンもまったく笑えません。

いつ終わるのか…と、我慢のしっぱなし。

なんなの、この映画は!!!

 

そして、次へ続くですって?そんなもんTVシリーズでやってくれよ!!

 

やっぱりディズニー映画って嫌いだわぁ…。

 

 

 

 
 
July 15

夕陽のギャングたち

 
ジェームズ・コバーン、第二弾 !!
『夕陽のギャングたち』 を鑑賞。
 
1971年の作品
監督  セルジオ・レオーネ
出演  ジェームズ・コバーン  ロッド・スタイガー
 
ストーリー
1913年のメキシコ。陽気な山賊の首領フアンはサン・フェリペに通じる街道で駅馬車を襲った後、オートバイで通り合わせたアイルランド人ジョンを捕まえた。彼はアイルランド共和国の脱走兵でダイナマイトの専門家でもありイギリス政府のお尋ね者だった。メサ・ベルデの銀行を襲撃しようとしているフアンにとって彼と組めば鬼に金棒。しかし、途中で彼に逃げられてしまう。仕方なくフアンは家族でメサ・ベルデ行きの列車に乗り込んだ。途中フアンは警察に見つかり逮捕されそうになるが、謎の人物ビガレ博士によって助けられた。メサ・ベルデに着くと、ジョンが先に来ていて、酒場の地下に連れて行かれた。そこには彼を助けたビガレ博士もいて、銀行襲撃の計画を練っていた。フアンはそこに大金があると信じて計画を実行してみると中には政治犯が監禁されていた。思いがけず革命の英雄になってしまったフアンだったが、冷酷なグチエレス大佐率いる政府軍によって追われる身となっていた…。

陽気で人のいい山賊って一体何者?

ロッド・スタイガーさん (フアン)

 

人生が顔ににじみ出てるねぇ~

ジェームズ・コバーンさん (ジョン)

 

マカロニ・ウエスタンの巨匠、セルジオ・レオーネ大先生の作品です。

コミカルに物語は始まるんですが、段々革命に身を投じた男たちの

話になっていきます。そこらへん、上手いですなぁ…。

 

革命なんてどうでもいと思っている山賊フアンと、アイルランドで革命に

命を賭けた過去をもつ男ジョンの友情の物語でもあります。

 

銀行を襲撃して大金をせしめ、アメリカへ逃げようと企んでいるフアン

だったはずが、ジョンにちょっかいを出したおかげでメキシコの革命へ。

そして英雄にまで登りつめてしまう可笑しさ。

                ジョンとフアン

 

一方ジョンは革命に信念を持っているけど、アイルランドで暗い過去を

背負ってしまった男。そしてやたらとダイナマイトを使う。

ジョンが使うダイナマイトのおかげで、この映画、大爆発大会です。

そしてやたらと人が殺される。革命派の粛清ですね。

                   映画のワンシーンより

 

楽しいシーンあり、切ないシーンあり、哀しいシーンありのてんこ盛り映画です。

しかし音楽が、モリコーネだっちゅうのに70年代の音楽を意識したのかなんとなく変。もっと重い音楽で良かったな…。

 

 

     

 

 

 
July 13

ビリー・ザ・キッド 21才の生涯

 
 『ビリー・ザ・キッド 21才の生涯』 を鑑賞。
 
1973年の作品
監督  サム・ペキンパー
出演  ジェームズ・コバーン  ボブ・ディラン
    クリス・クリストファーソン
 
ストーリー
ニュー・メキシコ・テリトリーのフォート・サムナーでヒビリー・ザ・キッドは
仲間たちと陽気な日々を送っていた。ある日、一匹狼の無法者
パット・ギャレットが現れ、これからこの町の保安官になると告げた。
さらにギャレットは土地の有力者達の意向をビリーに伝え、「これから
五日以内にこの町を去れ」と警告した。しかしビリーが彼の警告を
無視したのでギャレットは彼を逮捕し、留置所へぶち込んだ。しかし
ギャレットが所用で町を出ていた時、ビリーは拳銃を手に入れ留守を
預かる保安官助手2人を射ち殺し町から出て行った。しかしビリーは
またフォート・サムナーに舞い戻り友人や住人に大歓迎されていた。
ナイフ投げの名人エイリアスという若者と親しくなり、美しい娘マリアを
知った。一方ギャレットはゆっくりとビリーを追い詰めていた…。

フリント様も渋くおなりで…

ジェームズ・コバーンさん (ギャレット)

 

哀切に満ちた、ビリー・ザ・キッドとパット・ギャレットの物語ですね。

ペキンパー監督の作品としては、いささか“ロマンティック”な印象を

受けましたが、どうなんだろうなぁ…。

クリス・クリストファーソン (ビリー)  ジェームズ・コバーン

 

DVDには2パターンの映画があって、監督の意向により近い

1988年度版、そしてオリジナル版を見比べてみたんですが、

「デイレクターズ・カット」というものが、いかに冗長かを知るのに

役に立ちましたね。もちろん、1988年度版のほうが、監督お得意の

スロー・モーションの多用とバイオレンス度は高いですが、オリジナル版の

ほうが話がすっきりまとまっているし、パット・ギャレットの苦悩をより

浮き立たせている感じがしました。

私はオリジナル版の方が好きですねぇ…。

 

注目すべきなのは、ボブ・ディランが音楽を担当して、出演もしてるって

ことでしょうかね。ナイフ投げの名人、エイリアスです。

  でも、ジェームズ・コバーンには若造扱いされちゃう…

        ボブ・ディランさん

 

この映画は決してビリー・ザ・キッドが主役ではなく、

かつては親友だった男を殺さなければいけない運命を背負った

パット・ギャレットの物語ですね。

ジェームズ・コバーンが黒装束に身を固め、渋いのなんのって…。

惚れるね~。

                 映画のワンシーンより

 

 

 

 

 

 

July 11

ジューン・アリソンさん死去

 

 

7月8日、ジューン・アリソンさんが呼吸器系疾患でお亡くなりになりました。

88歳。

 

MGMのミュージカルや、ジェームズ・スチュワートと組んだ

『グレン・ミラー物語』 『甦る熱球』 など忘れられない映画が

多いですね。

良妻賢母というイメージが強かった方です。

夫、ディック・パウエルと

 

また1人、“スター”が消えてしまいました。

ご冥福をお祈りいたします。

 

 

 

 
July 10

居酒屋

 
 『居酒屋』 を鑑賞。
 
1956年の作品
監督  ルネ・クレマン
出演  マリア・シェル  フランソワ・ペリエ
 
ストーリー
今からおよそ百年前、パリの裏町。洗濯女のジェルヴェーズは14歳のときランチエと一緒になり田舎から出てきたが、怠け者で漁色家の彼は彼女が
貯えた金を使い果たして働こうともしない。しかも2人には8歳と5歳の子供もいるのに正式に入籍しようとしない。やがてランチエは向かいの家の女と
駆け落ちする。その女の姉、ヴィルジニイが彼女を笑った為、2人は大喧嘩する。見事溜飲を下げたが何の甲斐もない。やがて彼女は屋根葺き職人のクポーと結婚。2人は一心に働き、ナナも生まれ、貯えも出来た。しかし彼女の長年の夢だった店を開くことになった日、クポーが屋根から落ち、彼の看病で貯えは使い果たした。幸いに彼女に好意を寄せる鍛冶工クジェが金を貸してくれ、洗濯店を開き、店は繁盛する。しかしある日ヴィルジニイが店を訪れ、仲直りをしようという。つい彼女に今までのことを喋ってしまったジェルヴェーズは彼女の復讐にあう…。

夢も希望もお店にあった…

マリア・シェルさん (ジェルヴェーズ)

 

救いがないぞ…。くら~い話だ…。私は好きじゃないな、こんな話は。ホント、暗くていたたまれないの…。ルネ・クレマン監督は偉大な監督だと思うけど、『禁じられた遊び』とか暗いんだよね。嫌だな~。彼の傑作は『太陽がいっぱい』でしょう。

         ヴィルジニイ と ジェルヴェーズ

 

しかし、女の怒りというものは消えないものなのね。ヴィルジニイは念には念を入れ復讐に出るんですもの…。策士ですよ、この女は。“嫌”と言えないジェルヴェーズの性格を利用して復讐に成功するってのは凄いですね。

                        映画のワンシーンより

 

まぁ、救いが無いっていうのは、ヨーロッパ、特にフランス映画の

専売特許ですからねぇ…。

 

原作はエミール・ゾラですから、小説に忠実に映画化したら

こうなった…ということでしょうか?

しかし、ホントに救いの無い映画だったな…。

 

 

 

     

 

 

 

 

July 08

夢去りぬ

 
 『夢去りぬ』 を鑑賞。
 
1955年の作品
監督  リチャード・フライシャー
出演  ジョーン・コリンズ  レイ・ミランド
    ファーリー・グレンジャー
 
ストーリー
1900年代のニューヨーク。モデルのエヴリンは、ブロードウェイの
カジノ劇場で衣装係をしている母親と細々と暮らしていた。だが彼女の
似顔絵が雑誌の表紙に出たことから、劇場の演出者に見出され舞台に
立つようになる。ある日、踊り子の1人グエンの手引きで、中年の有名な
建築士スタンフォード・ホワイトのパーティに招かれた。エヴリンはホワイトと
愛し合うようになるが、彼には妻がいた。一方ピッツバーグの百万長者
ハリー・ソウも美しいエヴリンに目をつけ、ことごとくホワイトと対立した。
しかし、エヴリンのホワイトへの愛は変わらなかった。ホワイトは彼女を
忘れようとしてエヴリンを地方の学校に入れて寄宿生活をさせようとした。
しかし彼女はあくまでも彼女につきまとうハリーとヨーロッパ旅行の末、
結婚してしまう…。

愛し合う二人…

ジョーン・コリンズ (エヴリン)  レイ・ミランド (ホワイト)

 

まぁ、世の若い女性というものは、歳の離れた裕福な中年の魅力に

弱いですが、彼女もそういう1人だったわけで、一方のホワイトなる

中年も若く美しい女性には弱かったということですね。

なんせ彼女は「ギブソン・ガール」の1人でもあったわけですから、

スタイル抜群、美女なんですな。

 

しかし、彼は感情を抑制して彼女を忘れようとする紳士でもあったと…。

 

だが一方でホワイトに敵意むき出しの若い男、ハリー・ソウは金持ちで

あっても性格が悪い…というか尋常じゃない。

                        はい、異常者です…

          ファーリー・グレンジャーさん (ハリー・ソウ)

 

こやつが事あるごとにホワイトにいちゃもんをつけるんですな。

エヴリンがホワイトに出会う前から、彼に敵意を持っている。

ホワイトが欲しがるものなら何でも横取りしようと思って、

美しいエヴリンに手を出した可能性大です。彼女に弱いところを

見せて、気持ちをぐらつかせ結婚に持ち込む策士でもありますね。

 

しかし、結婚したとたん嫉妬心が爆発。エヴリンにつらく当たる嫌な奴。

そして悲劇が起こる…。

 

1900年代当時の女性の衣装が華やかで良いですね。

そして、ジョーン・コリンズもとても美しかったです。

 

 

 

    

 

 

 

 
July 07

現金に体を張れ

 
 『現金に体を張れ』 を鑑賞。
 
1956年の作品
監督  スタンリー・キューブリック
出演  スターリング・ヘイドン  マリー・ウインザー 他
 
ストーリー
刑務所を出たジョニーは、太く短い人生を送ろうと、また犯罪に手を
そめようとしていた。彼が目をつけたのは競馬場の売上金だった。
彼は仕事の仲間として5人の男を引き入れた。軍資金を出すマーヴィン
競馬場の現金係ジョージ、バーテンダーのマイク、警備を担当している
悪徳警官のランディ、元レスラーのコーラだ。決行の前日、一味は
最後の打ち合わせをしたが、この話を立ち聞きしたジョージの妻シェリー
は情夫のヴァルとよからぬ計画を企む。決行の時が来て、コーラが
バーで暴れ始め騒ぎは広がり、競馬場の金庫室を見張っていた警官
まで出てきた。その隙に変装したジョニーは、ジョージの合図で金庫室に
入り、職員を機関銃で脅し200万ドルにのぼる紙幣を手に入れた…。

転向組ですな…

スターリング・ヘイドンさん (ジョージ)

 

キューブリック監督の第2作目です。

「フィルム・ノワール」映画の方式に則って作ってますね。

犯罪を企む男たち、それに絡む悪女、うぶな主人公の恋人、

そして唐突の幕引き。

悪事を企む男たち

 

白黒の強いコントラストの画像で、ぐいぐい物語りを引っ張って

いくところは、後のキューブリック監督の片鱗が出ていると言っても

よいでしょう。でも最後のシークェンスはよく出てこないかい?

ルネ・クール監督の『自由を我らに』が最初かな…。

 

しかし、なによりも良かったのはジョージの妻のシェリーですね。

正に“フィルム・ノワール・ヒロイン”です。とんでもない悪女なんですよ。

ジョージとシェリー

 

気弱なジョージをあごでこき使い、情夫を持ち、ジョージ達の計画を聞くと

情夫と2人で金を横取りして自分たちのものにしようとする女。

こういう女に憧れますねぇ。一度でいいから悪女になってみたい…。

 

主人公はあくまでもジョニーなんですが、この2人のシーンに時間を結構

割いてますね。影の主役はこの2人です。

スターリング・ヘイドンがちょっとかすんでしまいましたね。

                    若き日のキューブリック監督です。

 

 

 

    

 

 

 

 
July 05

蠅男の逆襲

 
 『蠅男の逆襲』 を鑑賞。
 
1959年の作品
 
監督  エドワード・L・バーンズ
出演  ヴィンセント・プライス  ブレット・ハルシー
 
ストーリー
蠅男になり自ら命を絶った科学者アンドレの妻エレーヌが亡くなった。
成長した2人の息子フィリップは、何故か蠅恐怖症だったが、父の
物質転送の研究を伯父のフランソワには黙って研究していた。
しかしフランソワはそのことを知ると、父親の非業の死を聞かせ、研究を
やめさせようとしたが、フィリップはますます研究にのめり込んでいった。
フランソワは弟の二の舞を恐れてかフィリップとその友人と一緒に研究を
進めていった。しかし、研究仲間だと思っていた友人が、その研究内容を
売って一儲けをしようと企んでいるのを知ったフィリップは阻止しようと
したが、逆に気絶させられ蠅と一緒に転送機にかけてしまう。そして父と
同じ悲劇がフィリップにも起きてしまう…。

やっぱりこうなる悲劇の親子

    「早く人間になりたい!!」

 

『蠅男の恐怖』の続編です。

ここまでくると、この親子ってもしかしてとんでもないバカ?と思って

しまいますね。伯父のフランソワにも、もうどうにも出来ません。

弟の妻エレーヌを秘かに愛しながら、

フィリップの成長を見届けたまでは良かった。

しかし、科学者を志す人間というのは常人には分からない輩だったとは…。

お手上げです。 (フランソワ)

ヴィンセント・プライスさん

 

しかし、フィリップは蠅男になってから、自分をこのようにした友人と

研究を買った葬儀社の男を殺してますが、罪にはならないのでしょうか?

前作で妻エレーヌがアンドレの死の手伝いをしたところをみると

罪にはならんのでしょうな…。

                 フィリップの転送を見守る3人

 

今作は白黒で撮られています。(予算が無かったのか?)

しかし、そのコントラスがおどろおどろしい雰囲気をかもし出していて

なかなか怪奇映画って感じでした。

 

 

    

 

 

July 04

蠅男の恐怖

 
今日も良い天気でしたね。
散歩に出たら、真っ青な空にお月様がぽっかり浮かんでおりました。
 

 

 『蠅男の恐怖』 を鑑賞。

 

1958年の作品

監督  カート・ニューマン

出演  アル・ヘディソン  パトリシア・オーウェンズ

    ヴィンセント・プライス

 

ストーリー

ある夜、工場で科学者アンドレが妻エレーヌによってプレス機で押し

殺された。アンドレの兄フランソワと警視はエレーヌの行動が信じられず、

精神錯乱で病院へ入院させようとするが、フランソワの再三の呼びかけに

彼女が夫を殺した理由を聞いて戦慄するのだった。物質転送の研究を

するアンドレは自らの体を使い実験を試みた。しかし、装置の中に一匹の

蠅が紛れ込んでいたため、頭と手だけが蠅と化してしまう。自分の分身の

蠅を探すうち、人間としての意識が薄らぐのを感じた彼は絶望の淵に

追いやられていく…。

 

この幸せそうな夫婦に何があったのか?

 

いや~、怖いですなぁ…。無茶なことはやめましょうね。

物質転送の研究が始めは小さなお皿から、小動物まで成功したことに

喜んじゃって、つい自分も遅れるんじゃないか?と思ってしまったんですな。

科学者の性ですが、なんとも軽率。

そしたら蠅が一匹転送機に入り込んじゃって、この通りです。

         蠅になっちゃいました…

 

もう顔が蠅だから喋れないし、妻に顔も見せられない悲しさ…。

食事はミルクをすするのみ。そして思考がだんだんまとまらなくなっていく。

妻に頭の白い蠅(彼の分身ですね)を探すよう指示するんだけど、

蠅は現れては逃げていくばかり…。

 

そんな話をアンドレの兄と警視は信じるはずも無く、エレーヌは病院送りに

なろうとしたその時…蜘蛛の巣にかかった頭が白い蠅を2人が発見する。

                   これが戦慄の蠅だ ! !

 

妙な小さな声で「助けてくれ、助けてくれ」と、

蜘蛛に食われそうになっているアンドレ…。

 

いや、B級映画の香りプンプンですが、実に怖い映画でした。

 

 

    

 

 

July 03

歴史は夜作られる

 
今日は寝ようとしたら、綺麗な朝焼けに出会ったのでした。
でも、早い時間に寝たい…。
 
 
 『歴史は夜作られる』 を鑑賞。
 
1937年の作品
監督  フランク・ボーセージ
出演  シャルル・ボワイエ  ジーン・アーサー
 
ストーリー
アメリカの海運王ブルース・ヴェイルは常軌を逸した嫉妬深い男だった。
妻のアイリーンはその異常なまでの愛と嫉妬に耐えられずロンドンで離婚
訴訟を起こし、勝訴した。英国民法では離婚は6ヶ月後効力を生ずる
こととなっており、その間に原告側に不謹慎な行為があったと立証されると
離婚は無効となるのだ。アイリーンはパリで6ヶ月を過ごすことにするが、
ヴェイルは彼女を追って行き、運転手のマイケルに命じて彼女の部屋に
侵入させ2人一緒のところを彼と証人の探偵が見つけ、離婚を無効に
しようとしていた。ところがマイケルがアイリーンに迫った時、バルコニーから
男が入ってきて彼を倒した。そして彼女から宝石を奪い、やって来たヴェイル
と探偵をクローゼットに閉じ込め、アイリーンを誘拐した。その男はパリで
名高いレストランの給仕長ポール・デュモンで、彼は酔った客をホテル
送って来て計らずも話を立ち聞きし、彼女を救う為に一芝居
うったのだった…。

ロマンティックな俳優の代表格ですなぁ…

シャルル・ボワイエさん (ポール)

 

何度か観ている作品ですが、観るたびにロマンティックの度が増しますねぇ。

それだけ歳を取ったってことかい?

でも、タイタニック号の悲劇を取り入れた話の展開といい、裸足でタンゴを

踊る、正にロマンティックなシーンといい、うっとりしますねぇ。

船で旅をする時代というのはロマンティックな時代でもあったんですね。

ジーン・アーサーの“声”以外は…。

    ロマンティックを壊す声の持ち主

  ジーン・アーサーさん (アイリーン)

 

このような声の持ち主が何故にトーキーを乗り切ったのか不思議で

なりませんが、フランク・キャプラの映画で活躍した方です。

シャルル・ボワイエは、ホント素敵です。こんな方に給仕されてみたいと

思わせます。テキパキしていて、接客は一流。女性客には優しく…。

良いですな !

                    タンゴを踊る二人です。

 

しかし男の嫉妬も一線を越えると、女の嫉妬よりも格段怖い…。

釣った魚にはえさをやらないというタイプも大勢いますが、妻の行動を

逐一チェックする夫というのは実に異常なのであります。

 

 

 

 

 

July 02

リバティ・バランスを射った男

 
7月に入りましたね。今日は札幌も夏でした。
 

しょぼい色だが花が咲くとうれしいですね。

 

 『リバティ・バランスを射った男』 を鑑賞。

 

1962年の作品

監督  ジョン・フォード

出演  ジョン・ウェイン  ジェームズ・スチュアート

    リー・マーヴィン  ヴェラ・マイルズ

 

ストーリー

西部の小さな町シンボーンに上院議員のランス・ストダードと夫人の

ハリーが汽車から降り立った。夫妻が来たのはトム・ドニファンという男の

葬式に出る為だった。この誰も知らない男の葬式に上院議員が何故やって

きたのか、新聞記者に問われるままにランスは喋りだした。― 1880年代、

弁護士のランスは青雲の志に燃え東部から西部へやって来たが、途中

無法者のリバティ・バランスの一味に襲われ重傷を負う。彼は小さな牧場を

経営する拳銃の名手トムに救われ、恋仲のハリーの両親が経営する

食堂に